FC2ブログ

わすれな草、浮かれて

ショート3「大越冬」

その家の、ほとんどの内装は、
不規則な凹凸が並ぶ壁紙で、覆い尽くされていた。

よく日の光が届く二階の一角に、
今や、家の一部と化した、
深緑のガーデンチェアが、鎮座している。

家の主は、休日になると、
そのお気に入りの場所で、読書をするのが、
何よりも好きであった。

そして、その日も、書棚から、
分厚い装丁の一冊を抜き取ると、
やや傾きかけた、そのイスに座り、
最初のページを繰るところであった。

と、その時。

バランスを失って、大きな身体の主は、
年月を経た分の、体重の赴くままに、
イスごと、倒れてしまったのだ。

「いててて。。。」

折り目一つ、つけずにいた書物が、
クッキリと幾重にも、無残な姿になっていた。

「あああああ。。。私の拘りが。。。」

イスの枠組みは、鋼鉄で出来ていたが、
肝心の座る部分だけが、枕木のように、
ただ、木片が連なっていただけであった。

今はもう、自由を取り戻したように、
散乱し、その一部は、ささくれ立っている。

主は、自分の打撲の痛みよりも、
あるべき所に、あるべきものが無いという、
悲哀の方が、身に堪えていたのである。

大きな音にビックリしたのか、階下に居た、
主の息子が、階段を急いで駆け上ってきた。

「あっちゃー。これは酷いね。パパ、怪我はない?」

わが息子の声は、主に届いてはいたが、
身体じゅうに、打撲の共鳴が始まっていたのだ。

「ずいぶん、打ったんだね。でもさ、
ママも言ってたけど、出不精のパパだけど、
この冬じゅうに、ダイエットした方がいいってさ。。。」

そんな事は、この前の健康診断の時、
医者から、散々、説教されたわい!
そう言うわけにもいかず、痛がる父親にしかなれなかった。

「いた。。。うおっ。。。うわあー。。。」

そういいながらも、嗅覚だけは未だ健在だ。

「今日はカレーかな?」

つい、口をついて出てしまった。

「ダイエット!!!」

息子は、その一撃だけで、父親を黙らせてしまった。
スポンサーサイト

Post comment

管理者にだけ表示を許可する

Trackback

trackbackURL:http://mizukinovel.blog.fc2.com/tb.php/5-0d486b0b
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。